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生活空間設計学

  1. 空間論
    空間的想像力の系譜
    文化の支配的建築概念
    建築という思考の現在
  2. 居住形態論
    集落論
    都市論
    景観論
    設計論

森田慶一は、建築論とは「建築とは何か」を問う学問であるとしている。これは建築の普遍的な価値を問うことを意味している。科学技術の多くは、より大きく、より強く、より便利になど、それがめざしている価値をあらかじめ前提している。一方、デザインの良し悪しについては、しばしば個人の好みで判断されたり、市場の選択や流行にゆだねられたりしている。しかし、建築はたんなる便利な道具あるいはたんなる美術品ではなく、人々によって共有される生活世界である。生活世界の価値はさまざまであるが、そのために、何が人間にとって「良い」建築なのか、持続的な価値や普遍的な理念が問われなければならない。地球温暖化や人口減少などによって、近代が構築してきた生活世界が大きな転換に直面している今日、とくに、人間とは何か、人間にとって場所とは何か、場所を創造するとはどういうことかが突き詰められなければならないのではないだろうか。われわれはこうした作業を、実際的な建築設計と研究活動の両方をとおして模索している。

教員

竹山 聖 ( Kiyoshi TAKEYAMA )

教授(工学研究科)

研究テーマ

建築という思考の可能性

連絡先

桂キャンパス C2棟 2階208号室
TEL: 075-383-2907
FAX: 075-383-2966
E-mail: takeyama@archi.kyoto-u.ac.jp

田路 貴浩 ( Takafumi TAJI )

准教授(工学研究科)

研究テーマ

「地球環境時代の建築論・都市論の構築」

地球環境が危機的局面に向かいつつある今日、近代的な価値観や社会システムの見直しが迫られている。人類史的なパースペクティヴで、建築や都市のあり方が根本的に問い直されるべきである。

  1. 建築論研究
    建築論における主要概念の内実とその今日的な意義
  2. 風景論研究
    風景の見方の歴史的展開の解明
  3. 都市論研究
    20世紀における建築家の都市論の解読
  4. 住宅デザインの実践
    「住む」ことの意味の探究と場所の創造
  5. 都市デザインの分析と提案
    都市のイデアと建築物の集合形式の探究

連絡先

桂キャンパス C2棟 2階202号室
TEL: 075-383-2912
FAX: 075-383-2912
E-mail: taji@archi.kyoto-u.ac.jp

研究テーマ・開発紹介(田路研究室)

建築論研究:近代建築家の「自然」と「生命」の観念

堀口捨己(1895年─1984年)は日本における近代建築の先駆者、茶室や庭園の研究者として数多くの業績を残した。また、独自の自然観、芸術観を深め、近代技術の受容と「自然愛慕」の感情との相剋を問い続けた。

初期の論文「建築の非都市的なものについて」(1927年)では、堀口の自然に対する独自の姿勢が示されている。堀口によれば、人間の自然に向かう性向は根底的なものであり、「自然愛慕」の感情は本質的である。そうした人間の本性に即した建物として、堀口は茶室に注目する。茶室は「山村の農家」を芸術的に高めたものであるが、そのわび、さびという表現性は「地上的な静けさ、朗さ、円やかさ」として再解釈される。

論文「庭とは」(1965年)では、堀口の庭園観が包括的に語られている。庭園は、石の置き方、樹木の配し方、あるいは草花の美しさなどが鑑賞される。しかし堀口によれば、そうした見方を超えて、その彼方の世界が見られなければならない、というのである。それは「観照という心の場」に現れるものを見るということであり、見いだされるのは生命である。

堀口は時間を自然の変化として見る見方も越えていく。時間は動きや変化、運動ではない。連続するコマの流れが時間なのではなくて、変化の一瞬間のなかに時間が凝縮されている。そうした凝縮された一瞬のうちに現れ出る変化への力が生命である。その生命は眼前のこの花の生命、個別の生命ではなく、「なお深い彼方の生命」である。

堀口が到達した生命は、個を越えた普遍的な生命、世界の変化あるいは時間を生じさせる根源的力と言えるだろう。しかし、それは不可知の神秘的なものではなく、今この場所にある草花を離れることはなく、地上的であり、生活のなかで見いだされるものである。それは「原始的な静けさ、朗さ、円やかさ」として、「愛慕」という心情のうちに親密にあらわれ、観照する心に美としてあらわれるのである。

このように堀口は物の彼方を観照することを説いたが、それは神的なものへと上へ超越することではなく、また無意識的な根源的力動へと下へ沈潜していくことでもない。堀口の彼方は「今この時」における彼方であって、あくまで生活の美に、「地上的な法則」にとどまる〈水平の超越〉といえるだろう。

近代科学技術は自然を自然物として人間世界のなかに内在化する営為であり、自然の超越的性格をつぎつぎに剥奪してきた。堀口はそうした近代技術による自然の内在化を受け入れながらも、なお自然の超越性を茶室や庭の美のなかに求めた。堀口はその姿勢を「数寄」と呼んだが、これは伝統的な美意識として理解されてしまった。しかし、それは自然の超越性の経験の様態として捉え直されるべきではないだろうか。

住宅デザインの実践:歴史的デザインコードの再解釈と場所の創造

千葉県大多喜町は城下町としての歴史をもち、江戸末期の民家などが今も残されている。中心道路沿いは「小江戸風」のデザインコードが定められ、整備が進められている。しかし、そうしたデザインコードは今日では技術的な裏付けを欠いたたんなる記号となってしまっている。しかし、その記号は町に住む人々の集団的な記憶の表象でもあることを見逃すこともできない。われわれはこうしたデザインコードを理解して尊重することとし、切妻の大屋根を瓦葺きとした。そして、大屋根がつくる内部に、三つの切妻型天井をもつ空間をつくることにした。この三つの空間は平坦な天井がつくる均質な空間とは異なり、それぞれの場所に中心性とまとまりを与えることを意図している。

大多喜模型写真
[大屋根のなかの二つの小屋根。三つの場所に切妻型天井ができる。]

大多喜外観写真
[外部はデザインコードにしたがい、瓦屋根、漆喰壁、縦格子を使用。]

大多喜内部写真
[切妻型屋根がまとまりのある場所をつくる。天井の開口は大屋根の天窓に通じる。]